ついつい子どもに伝えたくなる!! 阿蘇の草原ハンドブック このウィンドウを閉じる
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解  説

2.阿蘇ができるまで
 (1)カルデラの形成
 九州の真ん中にできた巨大なくぼ地、それが阿蘇のカルデラです。このカルデラは世界でも有数の大きさを誇っています。カルデラとは火口よりも大きな火山性の陥没地形のことを言います(おおよそ、直径2km以上のものをカルデラ、それより小さなものは火口(クレーター)と区別しています)。
 阿蘇の火山活動は今から27万年前に始まったと言われています。大きく分けると、27万年前、14万年前、12万年前、9万年前の4回にわたる大きな噴火があり、その都度カルデラを形成したと考えられています。
 現在私たちが見ることのできるカルデラ地形は、9万年前の噴火によってつくられたもので、カルデラ形成直後から中央火口丘群の活動が始まり、同時にカルデラ内には雨水がたまり、湖ができました。
阿蘇のカルデラ

出典:新・美しい自然公園11
 やがて湖の水は、断層によってカルデラ壁の一部が崩壊したために流出しますが(現在の立野が、湖水が流れ出た場所で「立野火口瀬(たてのかこうせ)」と呼ばれる)、中央火口丘群(ちゅうおうかこうきゅうぐん)の活動による溶岩によって水がせき止められ、再び湖ができました。こうしたことが何度か繰り返され、数千年前までにほぼ現在の姿になったと考えられています。


カルデラのなりたち−えっ?カルデラって火口がひろがって出来上がったの?
出典:新・美しい自然公園11


コラム 阿蘇の伝説や神話
 阿蘇の伝説や神話は、阿蘇の変化に富んだ地形と神々の存在が渾然一体となって、今に語り継がれている。
例えば、「阿蘇創造※1」の神話も、カルデラの湖の水が流れて豊穣の大地になったという歴史が、「健磐龍命(たけいわたつのみこと)※2」という神への信仰とともに語られている。この神話の中で、健磐龍命がなかなか蹴破れなかった壁が「二重峠(ふたえのとうげ)」、蹴破って水が流れ出たところが、現在の「立野火口瀬(たてのかこうせ)」にあたるとされている。
※1 阿蘇創造
むかしむかし、阿蘇の火口原は満々と水をたたえた湖沼であった。日向の地から川伝いにのぼってきた健磐龍命は、これを干して稲の実る豊かな国をつくろうと考えた。外輪山の一番低いところを蹴ってみたが、頑固な上、峠が二つもあって容易にはこわれなかった。そこでその隣の立野を蹴った。すると、今度はすぐに壁が壊れ、水が流れ出た。湖の後には、みずみずしい大地ができた。
※2 健磐龍命(たけいわたつのみこと)
阿蘇にまつわる伝説にたびたび登場するのが「健磐龍命」で、阿蘇大明神とも呼ばれている。古くは、火口壁に立つ巨岩が神格化したものとされていたが、次第に火・水・風の要素などが加わり、農耕神としての性格を強くしていったものである。彼は、阿蘇都媛命(あそつひめのみこと)と結婚し、阿蘇を開発したといわれる。主神として祀った阿蘇神社(阿蘇市一の宮)では、火振神事(ひふりしんじ)で有名な田つくり祭や、御田祭(おんだまつり)など農業に関わる行事が今でも毎年行われている。
 このほか、霜宮(しもみや)神社(阿蘇市役犬原(やくいんばる))の火焚き神事にまつわる鬼八伝説(きはちでんせつ)(→阿蘇の歳時記P65を参照)や、米塚や根子岳のギザギザ頭の由来など、多くの伝説や神話がある。
(参考:「阿蘇の神話と伝説 阿蘇ん話・V」)


(2)阿蘇五岳(あそごがく)と中央(ちゅうおう)火口丘(かこうきゅう)
 カルデラが形成された後、その中に生まれた新しい火山のことを中央火口丘と呼びます。一般に「阿蘇五岳(あそごがく)」と呼ばれる根子岳(ねこだけ)、高岳(たかだけ)、中岳(なかだけ)、杵島岳(きしまだけ)、烏帽子岳(えぼしだけ)のうち、根子岳以外は中央火口丘にあたり、それらも含めて現在17の山体が数えられます。根子岳は、現在のカルデラが形成される以前にできた古い火山であることが最近の研究で分かっています。(参考:阿蘇の火山)


阿蘇五岳(あそごがく)

草千里
緑色の絨毯をしきつめたような大地に、のんびりと草を食むあか牛の群れ。草千里は、阿蘇の美しい景観としてあまりにも有名ですが、この牧歌的な草千里も、実は中央火口丘群の一員で、直径1kmの火口跡が草原になったものなのです。


地層
阿蘇山の火山灰が厚く堆積した様子(阿蘇市波野)
(3)溶岩と地層
 阿蘇の地は、地質的にも地形的にも変化に富んでいます。これは、何度となく繰り返されてきた中央火口丘群の火山によって噴出するマグマが、いろいろなタイプに分かれていたこともその一因です。ひとつの火山地域でマグマの種類がいくつもあるというのは珍しく、例えば、今活動中の中岳のマグマは、粘り気が比較的少ない玄武岩質で、米塚、往生岳、杵島岳などとほぼ同じですが、草千里から噴出したマグマは粘り気の強いデイサイト質のマグマであったことがわかっています。また、阿蘇の噴火活動史を考える上で重要な火山灰も、阿蘇カルデラ周辺に広く分布しています。特に東外輪山周辺では、数十メートルに上る火山灰が堆積し、波のうねるような地形を形づくっています。それは過去の噴火活動について多くの情報を与えてくれます。(参考:阿蘇の火山)

コラム かつて湖だった証拠の「リモナイト」
 リモナイトは、沼地や浅い海などの鉄分を多く含む水が、空気に触れて酸化し、沈殿・堆積したもので、褐鉄鉱(または沼鉄鉱)のことをいう。
阿蘇でも、赤水から坊中を中心に大量のリモナイトが堆積しており、地元では「阿蘇黄土」と呼ばれている。これは、かつて、カルデラが水を湛える湖だったことを証明するものといえる。カルデラ形成後、そこに湖ができ、湖水中にマグマからもたらされた鉄分や様々な有機物が蓄積され、阿蘇黄土が形成されたと考えられる。
 このリモナイトは加熱すると、ベンガラ(赤色塗料)ができあがる。阿蘇では、弥生時代の古墳から、このベンガラを塗った石室や石棺が見つかっているほか、第二次世界大戦中は阿蘇黄土を鉄資源として利用するために北九州の八幡製鉄所などへ送っていたという歴史もある。阿蘇黄土は現在も採掘されており、脱臭作用や殺菌作用があることから、脱硫剤(におい消し)や水質浄化剤として、また鉄分の他ミネラル分を多く含むことから家畜の飼料としてなど、様々な用途に用いられている。まさに「阿蘇火山の恵み」と言えるものである。(参考:日本リモナイトHP
コラム 七鼻(ななはな)八石(やいし)
昔から阿蘇では、「阿蘇谷に七鼻八石あり」と言われてきた。「鼻」は、外輪山の内側に突出した所、「八石」は、阿蘇大明神の伝説をはじめ、様々な言い伝えが残る奇石や巨石のうち代表的なものを指す。「阿蘇郡誌」による七鼻八石は次のとおり。

<七鼻>
  1.獅子鼻(ししがはな)(左石が鼻(さいしがはな)) [坂梨]
  2.尾が鼻(おがはな)(卯が鼻(うがはな)) [中坂梨]
  3.古城が鼻(こじょうがはな) [三野]
  4.蹴落が鼻(けおとしがはな)(象が鼻(ぞうがはな)) [中通]
  5.遠見が鼻(とおみがはな)(大観峰(だいかんぼう)) [山田]
  6.松が鼻(まつがはな) [内牧]
  7.妻子が鼻(さいしがはな)(制子が鼻(せいしがはな)) [内牧]
  (※6、7は正確な場所が不明)  

<八石>
  a.箱石(はこいし) [坂梨]
  b.瘤石(こぶいし) [坂梨]
  c.鷲(わし)の石(いし) [山田]
  d.鼻ぐり石(はなぐりいし) [湯浦の原野]
  e.的石(まといし) [尾が石]
  f.硯石(すずりいし) [阿蘇山上]
  g.鏡石(かがみいし) [阿蘇山上]
  h.境石(さかいいし) [黒川と色見との境]
  (参考:参勤交代の阿蘇路(滝室坂)を歩く) 


(4)そして、草原
 世界でも有数のカルデラとその周辺(外輪山山麓)に広がる草原は、改良草地(→P27を参照)を含み約2万haもの面積を持っています(平成15年度牧野組合調査結果、旧蘇陽町の牧野面積は含まない)。日本は国土の約67%が森林であることからわかるように、標高がよほど高いか、常に強風が吹き付けているといった例外的な環境を除き、自然に任せておくと森林が発達します。ではなぜ、阿蘇にこれほどの広さの草原が広がっているのでしょうか。
 話は今から約1万8千年前の氷河期まで遡ります。この頃は、気温が低いため森林が発達せず、日本中に草原が広がっていたと考えられます。
 その後、阿蘇周辺の地域においては、もともとが火山灰土壌であること等によって森林が発達できずに、ある程度まとまった草地が存続してきたといわれています。
 そして有史以降は、牛馬の放牧地として利用され、刈り取った草は牛馬の飼料となり、緑肥や堆肥として農業に利用され、茅葺き屋根の材料になるなど、人々の暮らしの中で草原が保たれてきたのです。
 気候の影響がなくなり、火山活動の影響も薄れている今、阿蘇の草原は放置すればヤブや林になります。そしてやがては森林になりますが、それは、草原に生える多くの植物の絶滅を意味しています。

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