| 解 説 |
1.草原を守る
(1)草原の種類
| |
阿蘇の草原について学ぶ前に、そもそも草原とはどういう場所をいうのか考えてみましょう。草原とは、草本植物(地上部が木質でない植物、いわゆる草のこと)を主とする群落のことをいいます。樹木があっても、草の割合が50%以上のものは草原とされます。自然のままの自然草原と人の手によって維持される二次的草原(人為草原)とがあります。 |
| 1) |
自然草原 |
| |
自然のままの草原です。厳しい自然環境の中で成立しているため、限られた種類の植物しか生育することができません。世界的に有名なものでは、アフリカ大陸のサバンナ、中国東北部・モンゴル・中央アジアのステップ、アメリカ大陸ロッキー山脈東部のプレーリーなどで、これらの地域は、年間の降水量が1,000mmで乾燥のため樹木が生育できない条件にあります。ほかに、高度、地質、水分、塩分等の環境が、樹木が生育できない条件にあるもの、高山草原、火山高原、湿原、海浜、河川敷などの場所が自然草原として考えられます。 |
| 2) |
二次的草原(人為草原) |
| |
自然のままにしておくとやがて森林になってしまう場所が、人の手によって草原状態に抑えられているものをいいます。採草や放牧、野焼きなどの人の営みによって草原状態が維持されている場所や、牛馬の飼料とするため定期的な草刈りが行われる土手などの斜面、造成地や伐採地跡などの遷移の途中段階にある荒れ地、牧草を栽培する「畑」である改良草地、頻繁な刈り込みを受けて成立する芝生などがあります。阿蘇の草原も、この二次的草原(人為草原)です。 |
| |
(参考:草原の成り立ちと植物) |
(2)阿蘇の草原の特徴
| |
約2万haもの広さを誇る阿蘇の草原は、国内の他の草原とは違った特徴を持っています。
全国の草原を見てみると、人工的に作られた草地である改良草地が全体の3/4を占めているのに対し、阿蘇では、野草地が全体の3/4で約1万5千ha、改良草地が約5千haとなっています。野草地とは、ススキ草原、シバ草原といった二次的草原で、同じ二次的草原でも改良草地とは、本質的に異なるものです。(改良草地についてはp27を、野草についてはp38のコラムを参照、草原の面積は平成15年度牧野組合調査結果より)
放置しておくとヤブ化する草原を草原のままで維持するために、阿蘇の人々は、平安時代の昔から、放牧、採草、野焼きなどの作業を施してきました。
人々は、農耕や牧畜を営むうえでの必要から、長年にわたって草原を守り続けてきました。また、農業だけでなく、茅葺きのための萱や薪、先祖に供える草花の採取等、ほかの面においても、草原は人々の生活とに密接に関わってきました。阿蘇の草原景観は、自然と人間との共生関係の中で築き上げられた人文景観であり、千年の草原と呼ぶにふさわしい歴史を誇るものなのです。
|
草原の分布

出典:環境省平成13年度国立公園内草原景観維持モデル事業報告書、地図は旧蘇陽町を含む |
(3)草原利用の歴史
| |
阿蘇の草原は、平安時代からつづく千年の草原といわれています。約千年前に作成された平安時代の法律書「延喜式(えんぎしき)」の中に阿蘇の草原についての記述がみられます。これには、肥後(ひご)の国の「二重馬牧(ふたえのうままき)」と「波良馬牧(はらのうままき)」という、阿蘇郡内と推定される地名に引き続き、「肥後の国の二重牧の馬は、他の群より優れた馬があれば都に献上し、他は大宰府の兵馬及び肥後国その他の国の駅馬として常備するように。(意訳)」と記されています。このことから、
当時阿蘇では優れた馬を生産する牧があり、その名が中央政権まで知られていたということが読みとれます。つまり、少なくとも千年前には阿蘇の人々は草原を利用し、維持する作業を行っていたと考えられるというわけです。
また、阿蘇では「延喜式」以前から稲作が行われていたようで、縄文時代の遺跡も多く見られます。昔の人々は稲作農業を営み、それと密接に関わる役牛馬などを飼育し、肥料を生産するために、草原を維持してきたと考えられています。 |
| |
(参考:草原利用と人々の営み) |
(4)草原の維持管理作業
| |
阿蘇の草原のほとんどは集落ごとに定められた入会地(いりあいち)であり、入会権者はそれぞれ牧野組合(ぼくやくみあい)を組織し、採草、放牧などに入会地を利用するとともに、野焼きや輪地切りなどの維持管理作業を行っています。平成15年度に行った牧野組合調査結果によると、阿蘇市郡には161の牧野組合があり、入会権者は9,596戸、入会権者数は平成12年度国勢調査による阿蘇市郡の全世帯数23,212戸のうち約4割を占めています。 |
コラム 入会地と牧野組合
○入会地
明治以降、山や原野などの土地の多くは、国や市町村が所有するものとなった。しかし、近くの集落に住む住民にとって、山林や原野は日常生活に必要な薪などの雑木を採取したり、採草や放牧を行ったりしてきた、共同の収益の場であり、生活していく上で欠かせないものであった。こうした事実を尊重し、制度改正後も、以前と同様に土地を利用する権利が住民に認められた。つまり、入会地とは、一定集落の住民が利用する権利を与えられた、集落近くの山林原野などの一定の土地のことを言う。
現在の民法によると入会権を所有する資格として、
@その土地の維持管理(公役(くえき))に従事する義務を果たすこと、
Aその地域に定住する者であること、
B(阿蘇の場合は)入会地を畜産に利用していること、
という3つの条件を満たしていることが定められているが、地域によって解釈が異なり、裁判になった事例もある。阿蘇の草原の大半は入会地となっており、原則として入会権者(戸単位)で構成されている原野管理組合等によって維持管理が行われているが、畜産と関わりをなくした入会権者の増加により、輪地切りなど維持管理の一部を畜産農家だけで行っているところもある。
○牧野組合
入会地を利用して畜産業を営んでいる農家(有畜農家)によって構成されるが、現在では畜産業をやめた農家が含まれている組合も多い。(牧野は、牛馬の生産飼育のため、放牧または採草に利用されている土地のこと)。法人となっている組合もあるが、多くは任意団体である。入会権者との関係は組合によって異なるが、畜産業の衰退に伴い、入会権者の中には畜産を営まない農家(無畜農家)や農業自体をやめる人が増え、入会権者で組織される原野管理組合等に占める牧野組合員の割合は年々減少している。利用している入会地の牧道や牧柵管理は牧野組合が担っている。
|
|
| 1) |
野焼き |
| |
草原がヤブ化するのを防ぐとともに、その年の草の生産性を高めるために、草原に火を入れて焼く作業を野焼きといいます。阿蘇では春の彼岸を中心に一斉に行われます。草原に火が放たれ、すさまじい勢いで茶褐色の山肌をかけ上がる様は壮観で、多くの観光客が見に訪れます。早春の阿蘇の風物詩となっていますが、広大な面積を一気に焼く極めて危険な作業で、熟練と高度な技術が求められます。原則として草原を利用する権利を持つ入会権者たちによって行われてきましたが、最近は人手不足を補うためボランティアの参加もみられます。 |
| 2) |
放牧 |
| |
放牧は、野草が伸び始める4月上旬から霜が降りる12月上旬にかけて行われてきましたが、最近では冬の間も放牧する周年放牧を行っているところもあります。
放牧によって、牛馬が草を食べ足で踏み続けることで、シバの生える短草型草原が保たれます。放牧されるのは、主にあか牛です。広大な緑の草原で褐色の牛がのんびりと草を食む姿は、阿蘇ならではの美しい風景といえます。 |
| 3) |
輪地切(わちき)り・輪地焼(わちや)き |
| |
野焼きの火が近くにある山林等に延焼しないように行う防火帯づくりのことを言います。8月中旬から9月中旬にかけて、草がまだ青い時期に作業を行います。山林等との境に沿って6〜10mの幅で草を刈り(輪地切り)、数日後にその草を集めて焼却します(輪地焼き)。これによって草のない帯状の部分ができるのです。
夏に行うのは、この時期に刈ると草の再生が抑制され野焼きの際に安全性の高い防火帯になるためなのですが、酷暑の中、急斜面で行うので重労働になります。 |
| 4) |
採草(干し草刈り) |
| |
冬場を畜舎で過ごす牛馬の餌や敷料として必要な干し草を確保するために行います。阿蘇地方の干し草刈りは、9月中旬から始まり、10月中旬まで続きます。刈った草を積んだものが草小積みで、昔ながらの阿蘇の草原の風物詩となっていますが、現在は機械を利用し、ロールと呼ばれる筒状に草をまとめる方法が用いられています。 |
| |
草原維持管理作業 年間スケジュール |
| |
 |
| |
(参考:自然解説マニュアル2) |
|
|