かつては隣保組14軒のうち12軒に牛がいて、朝草刈りや干し草刈りはどの家でも大事な仕事でした。刈った草は牛の飼料や厩舎の敷き料にするほか、風呂炊きに使うこともありました。
昭和28年頃までは、山のてっぺんまで全て草を刈っており、刈り干しの時期には1日に3回、草刈り場までの距離が遠い家でも1日2回は草刈りに行ったものです。刈った草は牛に鞍をつけ6把(1駄)ずつ背負わせて持ち帰り、それ以外は草小積みにしていました。
御竈門山や烏帽子岳山麓の共有の採草地のほかに、我が家では私有地を刈り干し場にして草を確保していました。それくらい草が必要だったのです。
しかし、だんだんと草の利用が減り、個人の草刈り場は植林地に転換し、それから40年位たちます。 |