もともとは、農業地理、農村地理が専門です。こちらでは、まず、中山間地の再構築について研究しました。平場の水田地帯における農村社会の再編過程と違い、山間地では集落住民の高齢化が進行し、将来の担い手もいない。草原だけでなく、田畑、森林、文化財などをこのさき誰が守っていくのかと、危機感を覚えました。そこで、阿蘇から宮崎にかけての山間地域で実態調査に入りました。
19年前に私が阿蘇に来た時は、多くの農家で牛を3、4頭飼っていました。すでにトラクターが普及し農耕用ではなく、子牛生産(繁殖)と肥料生産のために牛を飼い、そのえさや敷き草を確保するために草原が維持されていました。朝草刈りの場所、干し草刈りの場所があって、共同で作業をしていました。阿蘇東外輪(波野から高森の山東部)にかけては、ほとんど同じパターンで、牛、田んぼ、それに葉煙草や高原野菜などの複合経営による収入で生活が成り立っていました。それが、今では、米つくりと葉煙草だけが生業となる形が増えています。牛肉の輸入自由化後に子牛価格が低落し、もうからない牛養いは農家の複合経営から切り捨てられました。
|